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  論文の紹介                              

藤本彰三(2012) 耕作放棄地の再開発による有機農業の意義 
           〜株式会社じょうえつ東京農大の挑戦〜

              農業および園芸 87巻8号: 835-848.

 東京農大は、日本農業において中山間地農業の果たす役割が極めて重要であるにも関わらず、高齢化等から深刻な状況にあるとの認識の下に、新潟県上越市の西部中山間地に、「株式会社じょうえつ東京農大」を立ち上げ、耕作放棄地の再開発を行いながら有機農業も進めている。

 国土の多くが山地である日本の国土において、中山間地の農業は、経営農地面積135ha(全営農地面積361ha)、販売農家数81万戸(全販売農家数196万戸)、販売金額約1兆9千億円(全販売金額は約5億8千億円)、耕作放棄地208ha(全体386ha)(平成22年版農業農村白書)となっており、数字の上からもその重要性が分かる。

 中山間地農業は日本農業の縮図でもあり様々な問題を抱えている。著者はそれらを次のような10のキーワードで示している。@後継者不足、A高齢化、B限界集落、C過疎化、D格差社会、E零細規模、F低効率、G鳥獣害、H低所得、I耕作放棄、である。

このような現状に対して、東京農大は単なる研究の域を越えて、株式会社を設立し、研究成果を注ぎ込んで実証研究を行うとともに、永続的な経営体の育成も行おうとしている。明治時代の農学者で東京農大の初代学長であった横井時敬は、かつて、「農学栄えて、農業滅ぶ」と大学人・研究者にとって戒めとなる言葉を残し、実学を重んじた。その伝統が現在においても脈々と息づいており、今回の新潟県の中山間地における実証研究・株式会社設立に繋がっていると思われる。

 東京農大では、長期プロジェクトの第T期で、化学農薬に依存しないで生物等を利用する病害虫・雑草防除の研究を行ってきた。第U期では、第T期の成果を農業現場で活用、実証することとし、「株式会社じょうえつ東京農大」を設立して、全圃場で有機栽培を実施している。

 中山間地の耕作放棄地で農業経営自体を成り立たせるのが難しい中で、さらに、これまた、経営を成り立たせるのが難しい有機農業の2つを同時に実施し、成功させるということは、なかなか大変なことであり、その熱意と、チャレンジ精神には敬服する。是非、成功させていただきたいと思う。

 本論文では、日本における有機農業の歴史、その現状や問題点についても述べられている。すなわち、国内では安全な食料を求める消費者の有機農産物に対する需要は強く、生産が間に合わずに、年々大量の有機農産物が輸入されており、一方、国内の有機農業は収益性が低いために新規参入者が少なく、最近では有機農産物の生産量がほとんど増えていない。その要因として、生産面では、有機栽培の技術の蓄積が少ないために生産の安定と向上が困難な状況にあることである。販売面では、有機JAS認証を毎年取得しなくてはならず、高額な認証費用を要し、記帳などの管理経費もかさむこと、販売先を個人的に開拓しなくてはならず、経費をかけて有機農産物を生産しても、それに見合うだけの価格で販売することが困難であるためである。

 このような困難な有機農業を巡る状況ではあるが、東京農大は20055月から新潟県上越市の40aの耕作放棄地を再開発し有機農業を開始したが、翌年から耕作放棄地を実験用に提供する地権者が続出し、実験面積は年間で6haに拡大し、栽培実験最終年(2008年)に10haの規模で「株式会社じょうえつ東京農大」を設立した。経営概要は、2002のハウス5棟(暖房設備なし)、従業員5名(社員3名、研修生2名)、年間延べ500人日に達する学生実習を実施し、基幹作物はコメ(3.69ha; 2011年)であり、他にソバ(4.04ha)、カボチャ(2.65ha)、ダイコン(0.79ha)などである。売上額は、2011年度(第4期)には、コメで5,524千円、野菜(ソバを含む)で5,874千円、加工品で3,693千円、研修事業2,375千円、作業受託2,415千円、その他で2,774千円、合計22,655千円となっている。今後の経営改善の課題としては、耕作放棄地の再開発による規模拡大、反量の向上、規格外品の商品化、有機農産物の啓蒙・有利販売、農産加工の展開を行うことであるという。結論として、経営的には大苦戦であり、持続的経営体制のためには収益性を高めることが不可欠であると述べている。

 以上のように、「株式会社じょうえつ東京農大」は、耕作放棄地の再開発という困難な条件にもかかわらず、2008年に会社設立以来4年間、ほぼ毎年売上を約5百万円ずつ増加させており、農産加工品、研修事業、作業受託などが寄与している。コメ、野菜(ソバを含む)は、売上は伸びてきているものの生産が不安定なところがある。生産の安定・向上について、更なる技術向上と経験の蓄積を図る必要がある。更には、ブランド形成、高付加価値の加工品の生産、土作りなど、更なるチャレンジにより、新潟県上越市における中山間地域の特徴を生かした有機農業を確立することを期待している。「株式会社じょうえつ東京農大」のホームページを見ると、有機コシヒカリ、有機野菜、加工品などがインターネット販売されているので、応援を兼ねて購入し、ファンになって欲しいと思う。
(株式会社じょうえつ東京農大HP: http://www.jnodai.co.jp/
(2012. 11. 27 M.M.)


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